Jan 29, 2011

どれだけ熱く語ろうが

このブログには、あまりパーソナルな事は書かないようにしようと思っていましたが、
それではネタが追いつかないので、たまには私物紹介で、時間稼ぎをしてみます。

ここ数年、決して高額なものではないですが、
70年代以降の、程度と雰囲気のいい古着を楽しんでいます。

特にDENIM JACKETは、多くの人が
過去一度はワードローブの一つに数えた事があろう、定番中の定番アイテムです。

また、DENIMという素材は、身に着ける人の個性が反映される点において
非常に革に近い素材だと感じます。




薀蓄は古着屋に任せて、


DENIM JACKETにかかわらず、今では少なくなってきたMade in USAの名品は、
その製法の善し悪しにおいて、お世辞にも綺麗とはいえないものが多くあります。
同じサイズ表記でも実寸はマチマチですし、ミシン目の糸飛び、
目立つ位置での縫い直しや糸繋ぎ、等々。

にもかかわらず何ともいえない無骨さや手作りの温もりみたいなものが感じられます。

物造りの細部については、国民性も大きく影響するようですが、
以前知り合いが、某高級ブランドでバッグを買ったところ、
ミシン目が一つ飛んでいたので、不良品として交換を申し出たら、
「それ位の事でバッグは壊れない」と言われたそうです(笑)

確かにその通りかもしれません。
でも本来縫われているべきところが縫われていなかったわけですから
上記のセリフはちょっとないかな。

それでもそういう欠点など気にならないくらいのオーラを纏ったものは
確かに存在します。


僕もオールハンドメイドを謳っている以上、
商品にはある種の”温もり”を表現したいと思っています。

一般的に大量生産といわれる商品から想像する雰囲気と、これもまた一般的にハンドメイドと聞いて想像する雰囲気のちょうど中間を自分の立ち位置と心掛けています。

あまりにも平均点的綺麗さでつまらなくなく、自己満足過ぎないもの、
と言ったら分かりやすいでしょうか。

古いものを手放しで賞賛するつもりは毛頭ありませんが、
現在のファッション性を重視した物造りではなく、
当時の、道具としての要素、必要性がより濃かった時代のエネルギーに惹かれるのでしょう。

tortoagoのバッグも”物を入れる道具”として製作しています。

物を入れて持ち運ぶ以上、そのデザイン的容量に耐えうる強度を実現しつつ、
デザイン性や機能性を高めていければと考えています。










妻 「同じものばかり、馬鹿みたい」

私 「・・・」

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